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親父の家政婦だった女 第三十八話

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 次の朝、西岡の態度がまたいつも通りの、何の変哲もない有能な家政婦に戻っていたことは、予想していたことだったし、幾分か俺を安心させもした。実際、前の晩に彼女が云っていた通り、禁欲の期間が定まっているということは見通しが立てやすく、今はまだその時ではないと自分で納得ができる分、耐えやすかった。耐えやすいと云うよりはむしろ、耐える必要があるほどに欲望が沸き上がってくることがないのである。今日から数えて十日後ということは、当初、二十日後として想定していた十一月の頭ではなく、十月下旬の或る日であったから、当初覚悟していたよりも短い期間だと自分を励ますこともできた。
 その日の夕方、大学から帰ると、西岡から何物かの入ったビニル袋を手渡された。
「これは?」
「自慰グッズですわ」
「何だって?」
 中に入っていたのは、昨日の朝乳首に貼らされた鍼治療シールと、ピンク色で透明なシリコンゴム製の細長い「何か」、それと、昨晩西岡の使っていたローションであった。鍼治療シールの方は、本当に鍼治療のために売られているものらしいラベルであって、ドラッグストアの「肩こり、腰痛」の商品棚を探せば容易に見つかりそうな雰囲気が漂っていた。ピンク色の細長いものについては、いかにも大人のオモチャ屋で売っていそうな感じで、これの用途は考えたくなかった。
「こちらはお尻の穴に入れて楽しむものでございます。その際にはこちらのローションをご使用ください。こちらのスイッチを押せば三段階の振動を楽しむことも可能です」
「できれば説明を聞きたくなかった」
「あら、禁欲生活には欠かせないお供ですわ」
 さも、自分が男の禁欲生活を経験したことがあるかのように云う。その自信に満ちた口調は大したものだ。
「こちらのシールはご存知ですね? 乳首に貼っていただくと、血行を促進して感度が格段に上がるシールです」
「うん。これの恐ろしさは昨日身を以て体験した」
「もちろん、肩こり・腰痛にも効果があります。ただ、鍼治療などに頼らなくとも、西岡でよろしければマッサージぐらいいたしますが」
「そうか、じゃあ凝ったときには頼むかもな」
 軽口を叩きながらも、俺は西岡がどういうつもりでこれを俺に渡しているのかを想像して、ぞっとした。要するにこれは、口では禁欲生活と云いながら、その実は性感開発生活なのではないだろうか。男は快楽を主にペニスから得るが、ペニスの快楽には射精という限度があるのであって、女の得る無尽蔵のオルガスムスには遠く及ばないのだ、という俗説を聞いたことがある。その説によれば、射精という手段によらず、例えば乳首、肛門、その他の性感帯を開発すれば、男でも女のような無限大の快楽絶頂を得ることができる、とか。もしかすると西岡は俺の快楽の幅を広げ、性感を開発しようと企んでいるのかも知れない。しかしもしそうだとして、やはり西岡が何のためにそれを企んでいるのかはわからないままであった。
「もし、禁欲生活中、我慢できなくなってしまわれた時には、これらの道具を使って気を紛らわせてくださいませ」
「うむむ。しかし、なぜ今これを?」
「今まででしたら、出したいときにはいつでも、お申し付けくだされば貞操具を外して射精させて差し上げたのですが、残り十日間という目標を定めた今、途中で射精のお手伝いをするわけには参りませんので」
 そう云われると、何となく尤もらしく思われて、それ以上云い返す気が起こらなくなってしまった。それで俺は自慰グッズの入ったビニル袋を受け取って自室へ戻った。

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右斜め下

Author:右斜め下
人が苦しむ物語が好きなんだけど、苦しんでいれば何でもいいってわけでもない。
自分でも「こういう話が好きです」と一言で言えないから、好きな話を自分で書いてしまおうと思った。
SとかMとかじゃないんだ。でもどっちかっていうとM。

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