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親父の家政婦だった女 第五十三話

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 翌日、土曜日の朝である。目を覚ますとまだ朝の六時であったが、はっきりと目が冴え、爽やかな目覚めであった。青暗い空が、刻一刻と明けて、まばらに浮かぶちぎれた雲に、はじめ赤く徐々に黄味がかった白い光が差してきつつあるのを見た。
 体調は非常に良好であった。昨日までは、身体の中で何かもやもやしたものが渦を巻いて行き場のないエネルギーが出口を探しているような感覚があったことに今朝になって気が付いた。これは禁欲とその解放に起因する現象なのだろうと思った。

 西岡はまだ部屋から出てきていなかったが、部屋の灯りが点いていた。すでに起きているのだろう。

 改めて昨晩のことを思い出してみる。結局俺は、西岡の持ち掛けてきたゲームに一勝三敗で負けてしまった。従って、今も俺の股間に貞操具がぶら下がっているのは当然のこと、仕方ないことである。ゲームの条件は、俺が勝ったら貞操具を外した生活、というものであったから。一方、俺が負けたときの条件は何だったか。西岡は云っていた。俺が負けたら、何か提案をしたいのだと。しかしそれは提案に過ぎないのだから、受けるも断るも俺次第である。あまりに突飛な提案であれば断ればよいだけの話であった。とはいえ、俺が負けた結果としての西岡の提案である。できることならば聞き入れてやりたいと思っていた。

 朝食にはここのところ、和食でも洋食でも卵がほぼ毎日出ていた。今日はほうれん草と一緒にふわふわに炒めて出されている。
「おお、今日も卵がある」
 何気なく小声で呟いたら、西岡の耳はキャッチしていた。
「朝に卵を召し上がると、一日の活力になりますから。お嫌でしたらたまには変えますが」
「いや済まない、別に嫌というわけではないんだ。西岡の卵料理にはバリエーションがあるから飽きないし」
「そう云っていただけると作り甲斐がありますわ」
 西岡はうれしそうににっこりと笑った。

 今日は大学が休みで、一日予定が入っていない。朝食を終えて茶を啜ってのんびりしていると、西岡が手に何かの資料と思われるホチキス綴じの紙を持って来た。西岡はそれを無言で俺の目の前に差し出した。そこには、長野県の何とか云う地名と、スキー場やハイキングコースの案内と、そして、ペンションらしい建物の間取り図が載っていた。
「何だ」
「別荘でございます」
「唐突だな。親父のか」
「いえ……西岡の別荘です」
「何と」
 西岡が別荘を持っているというのか。驚きの新事実である。
「旦那様、……お父様から、生前譲り受けたものです」
「言い直さなくていいよ、旦那様で。俺の親父だよな」
「はい。昨年、『ボーナスだ』と云って買って下さったものです」
 西岡の話では、親父が生前、家政婦として雇っていた西岡に別荘を買い与えたらしい。何とも豪気な親父である。しかし、別荘をもらっても、西岡は親父の家を一人で切り盛りしていたので、別荘に遊ぶ暇などほとんど無く、一度行ったことがあるきりだと云う。成程、生前贈与なのだとしたら遺産相続の対象にはなるまい。俺の所に入ってきた遺産の額が莫大な相続税を差し引かれた後のものだと考えれば、親父が西岡に別荘を買い与えたことは別段不思議とも思えなかった。
「それで、その別荘がどうした」
「はい。今年の冬休みに、この別荘に遊びに行きませんか」
「それが、昨日の夜云っていた『提案』ってやつか」
「はい、健一様のご休暇の予定を提案など差し出がましいことかと思いましたが、いかがでしょうか。もうすでにご予定など入ってしまいましたか」
「いや、まだ空いてる」
 途端、西岡は嬉しそうに目を輝かせた。
「では、年末年始は別荘にご招待します」
 ちょっと待て。
「いやいや、まだ予定が空いていると云っただけで、行くとは一言も……」
「あら、お嫌ですか」
 輝いたり曇ったり、忙しい顔である。西岡の顔はすぐに悄然と萎れてしまった。そこに多少のわざとらしさを感じながらも、俺は少し罪悪感を覚えずにはいられなかった。確かに、予定が空いているのに行かないというのは行きたくないとしか解釈しようがない。
「決してイヤなわけではないんだ、ただ、あまりに早く話を進めていってしまうから待ってほしかっただけで」
「よかった。では、最大限のおもてなしをさせていただきますわ」
 俺の言葉を聞いて西岡が安心したように微笑んだので、その顔色を見て俺も安心した。安心したところで、気がかりなことを一つ聞いてみる。
「えっと、西岡」
「はい」
「確認しておきたいのだが、それは冬休み中ずっと、ということかな」
「そのつもりですが、もっと短い方がよろしいのですか」
「いや、そんなことはないが……」
 大学は年末十二月二十二日まである。年始は八日から始まる。その実に二週間あまり、別荘、つまり世間と隔絶された環境で西岡と顔をつき合わせっぱなしの生活をすることには、一抹の不安を覚えた。今、東京のマンションで暮らしていても、朝晩は西岡の好き勝手に弄ばれている感がある。それでも擦り切れずに生きていられるのは、昼間、大学に出たり買い物に出て西岡と離れた時間が確保できているからだと思う。それがないのは少々恐ろしい。
「どうだろう、その間、友人を別荘に呼んでもいいだろうか」
 口から出任せである。呼び招きたい特定の友人がいるわけではなかった。そもそも大学の知り合いが友情関係に発展するのは難しい。
「もちろん大歓迎でございます。しかし、お友達の方にもご都合があるでしょうから、冬休み中お招きするというのは難しいかもしれませんね」
「それもそうだな」
 その朝の話はそれで終わった。

 問題は、誰を別荘に誘うかということだった。東京の大学には、冬休みに別荘に呼びたいほど親しい知り合いはいない。思い当たるとすれば地元の高校の悪友どもだが、そいつらは、俺が西岡のような若い家政婦(と云っても二十代後半だが)を住み込みで働かせていると知ったら、何と云ってはやし立てるか知れない。さすが医者の息子は云々と妬み混じりの嫌味を云われ続けることになるかと思うと気が進まない。しかも地元から長野の別荘まで出てくるのはかなり遠い旅路になる。

 悩んだ末に思い当たったのが、同郷から東京の別の大学へ進学してきている米田という男である。米田ならば田舎の悪友どものように変にはしゃぎ立てることもあるまいし、大学の知り合いのようによそよそしい付き合いになることもないだろう。俺は米田に電話をかけた。

 米田曰く、「クリスマスは彼女と過ごす。大掃除までには実家に帰ってこいと云われている。だから、二十六日から二十八日の三日間、そちらにご厄介になろう」とのことである。照れも衒いもなく、ストレートに「彼女と過ごす」などと云える米田に俺は好感を持った。それで別荘行きの話は決まった。米田を招待する旨を西岡に伝え、ついでに連絡先も伝えておいた。時間や場所など細かい打ち合わせは西岡の方でやってくれるという。

 

 その日から年末までは、別段何事もなく過ぎた。何事もなくというのは、特筆すべきことが何もないというだけであって、相変わらず俺の股間には貞操具がぶら下がっていたし、西岡に翻弄される日々は続いた。それで大学の授業についていけなくなる頻度は増し、大学を休む日も徐々に増えつつあった。ただ、慣れというのは恐ろしいもので、俺は別にそのことについて何も特別な感想を抱かなくなっていた。もうこういうものなのだから諦めて生活しようと、あえて言葉にすればそうなるのだろう。無意識に諦めが働いていた。自分が諦めていることも、努めて自覚しなければ自覚しなくてすむうちに、時が過ぎていった。

 一つ、今までと違うことがあるとすれば、西岡が俺に家事を頼むようになったことである。

 始まりは些細なことだった。ある晩、西岡は夕食の準備ができましたと云って俺を呼んだが、食卓にはフォークとスプーンが並んでいるばかりで他には何もなかった。
「健一様、申し訳ありませんがこちらへ」
 台所から西岡が呼んだ。西岡は茹でたパスタの水を切っているところであった。
「ちょっと手が離せませんので、パスタ皿を出していただけますか」
 フライパンへパスタを移しながら云う。フライパンの中にはソースが入っている。西岡は滑らかな手つきでソースをパスタに絡め、そこへ卵の黄身を落とした。

 俺は云われるままに食器棚からパスタ皿を出した。ほんの二ヶ月ばかり煮炊きを西岡に依存していただけで、食器棚の中の配置を忘れかけている自分に驚いた。
「ありがとうございます」
 西岡は素っ気ない声で短く礼を云って、俺を押し退けるようにフライパンをもって皿の前に立ち、パスタを盛り付けた。さすがにちょっとむっとしたが、西岡はすぐに次の指示を出した。
「このお皿をテーブルへ運んでください。それから、ご自分の飲まれる錠剤の用意をしてください」
「お、おう」
 てきぱきと指示を出されたので、俺は考える間もなく条件反射のように従った。俺が二人分のパスタを食卓へ運ぶ後ろから、西岡が山盛りのサラダを一皿、冷蔵庫から出して運んできた。

 ふと、小さい頃、まだ母が生きていた頃に、夕食の支度を手伝ったことを思い出した。母の作った料理を、こうして二人で食卓まで運んで、二人で仲良く手を合わせていただきますを云ったものだ、と懐かしく思った。

 同時に、西岡の真意を怪しむ。西岡は雇ったばかりの頃、主と食卓を共にすることさえも良しとしていなかったはずだ。それが今では、俺と大皿のサラダを分け合うほどにまで、そればかりか、俺に夕食の準備を手伝わせるほどにまで、馴々しくしている。親近感の表現にしては行き過ぎのような気がして、どこかで分相応を弁えさせた方がいいのかも知れないと思いながらスパゲッティ・カルボナーラを食べ、自ら用意した錠剤を飲んだ。

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Author:右斜め下
人が苦しむ物語が好きなんだけど、苦しんでいれば何でもいいってわけでもない。
自分でも「こういう話が好きです」と一言で言えないから、好きな話を自分で書いてしまおうと思った。
SとかMとかじゃないんだ。でもどっちかっていうとM。

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