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親父の家政婦だった女 第五十九話

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 米田の部屋には一階の、玄関に一番近い部屋が割り当てられた。廊下の奥の俺の部屋からは部屋を二つ挟んで反対側である。一階は、玄関側から、米田の部屋、西岡の部屋、空き部屋、俺の部屋という順に並んだ。二階は全て空き部屋だったが、ちょうどキッチンの真上の部屋に洗濯室・乾燥室が並んでいて、西岡は頻繁に一階と二階を行き来していた。

 来客中、西岡は俺に家事をさせなかった。さすがに米田の前で主人が家事をしていたら変に思われると思ってのことだろう。俺は西岡の心遣いを有り難く思った。

 昼食後のけだるい午睡から覚めると、外は暗かった。すでに米田はロビーにいて、新聞の夕刊をめくっていた。西岡はキッチンの方で何か慌ただしく動いていた。
「おはよう」
「健一か、ずいぶん寝ていたな」
 米田は普段の泰然とした米田であった。
「筋肉痛だと余計に眠くなるんだよ。その新聞はどうした」
「ああ、これか。西岡さんが買い出しに行くのについていって買ってきた。君が寝ていると暇だからな」
「そうか。悪いな。明日はスキーに行こう」
 米田を一日観察してわかったことだが、彼は俺と西岡と三人揃った場に出ると落ち着きがなくなってしまうらしかった。俺と一対一で話しているときには今まで通りの米田であったし、西岡の買い出しについていったということは、西岡と一対一でもさほどそわそわしてしまうのでもないのだろうと思う。ただ、昼食や夕食のように、三人揃った場になると、あらぬ方へ目を泳がせたり、沈黙を恐れて突拍子もないことを口走ったりしてしまうのであった。何か事情があるのだろうとは思ったが、指摘してもどうしようもないことだったので黙っておいた。

 その晩、夕食を済ませると、いつになく激しい眠気が襲ってきた。普通に椅子に座っていても、気がつくと瞼が落ち、次の瞬間には頬杖からカクンと頭が落ちる自分に気がつくような有様であった。
「あらあら健一様、よほどスキーのお疲れが残っていらっしゃるようですね」
 嘲笑するような口調で西岡が云った。反論しようと思ったが、この眠気では何とも云い返せなかった。俺は西岡に渡されたビール酵母の錠剤をグラスの水でがばっと胃に流し込み、先に自室に戻って寝てしまうことにした。米田は心配そうな顔で俺を見送った。

 ベッドに入って、しばらくうとうとしていた。身体の感覚がおかしかった。極端に眠いはずなのに五感だけは目覚めているような感じであった。四肢は動かなかった。

 どこか遠くから、人の話し声が聞こえた。男の声と女の声が、押し殺した囁き声で何か話し合っている。話の内容に耳を傾けようとしても、それがはっきり聞き取れるほど近い距離ではない。近くへ確認しに行こうとしても、体が動かなかった。

 あるいは夢の中の出来事かも知れない。壁を三枚隔てた隣の隣の隣の部屋で、二つの肢体が絡み合っていた。仰向けに寝た男の身体に女が絡み付き、愛撫し、よがり狂わせていた。男は言葉にならない声を上げて喘いだ。女は男を悦ばせるために、含み笑いに似た艶のある声をわざと発した。

 聞こえているのは音だけのはずだったが、俺の目の前には映像やにおいや感触までもがありありと展開されていった。すぐにその男女は米田と西岡の顔になった。男のペニスが痛いほど激しくそそり立っている。女はそれを手のひらに包み、太股の間に挟み、触れては焦らし、焦らしては触れ、弄んでいる。そのうちに、男は大きな声を上げた。男のペニスから白濁液が迸った。

 それから、女の含み笑いだけが聞こえた。隣の隣の隣の部屋は、しばらくして静かになった。あるいは夢の中の出来事かも知れない。

 

 次の朝は、長く寝すぎたときの背骨の痛みと軽い頭痛で目が覚めた。目覚めてすぐに、自分が夢精してしまっていないかどうかを確認したが、幸か不幸か、パンツの中は清潔そのものであった。なぜあんな夢を見たのだろう。昨日一日の態度で、米田が西岡を変に意識していることはわかった。その態度が俺に感染して、あらぬ妄想を膨らませたのだろうか。

 枕元の時計を見るともう昼に近かった。ロビーには誰もおらず、西岡の書き置きがあった。

「米田様をスキー場へご案内します。お目覚めになりましたら、スキー場までお越しください 西岡」

 スキー板を担いで雪だらけの山道を上りながら考えた。どうしてこんなに長く眠ってしまったのだろうか。昨日の午後だって、かなり長く昼寝をとったはずだ。それなのに、夜の二十一時にはもう耐えきれないほどに眠くなってしまっていた。それで、朝の十一時まで寝てしまったのだから、十四時間連続で寝てしまったことになる。変な夢も見る。

 一通り考えたところで、気味の悪い可能性に思い当たった。そうだ、こう考えれば全て辻褄が合う。俺の異常な眠気にも、夜、米田の部屋から聞こえた二人の声にも……そうとも、あれは夢なんかじゃなかった。西岡が俺の食事に一服盛ったのだ。何のために? 俺を眠らせて、その隙に米田の部屋へ夜這うためだ。いつか東京のマンションで俺にしたように? そんなことをして西岡に何の得があるというのか。そこまで考えて、そこから先は答えが出なかった。俺は不気味なアイデアを頭から追い出すようにして、一歩一歩山道を上った。

 ゲレンデの下に着いてしばらく待っていると、不格好な大股開きのフォルムでゲレンデをゆっくり下りてくる男の影と、その横について教えているらしい姿勢のいい女の影が見えた。二人はゆっくり坂を下り、俺に近づいてきた。米田と西岡であった。
「よう、遅かったな。おかげで午前中いっぱい、ずっと西岡さんにスキーを教えてもらえた。だいぶコツがわかってきたよ」
 米田はゴーグルを上げて顔を見せた。下半分が日焼けして赤くなっていた。
「おはよう。どうやら疲れがたまっていたみたいでな、さっき起きたところだ。変な夢を見た」
 変な夢を見たと云ったら米田が一瞬ぎょっとしたように見えたが、俺の気のせいだったか。

 俺がゲレンデに着くと西岡はすぐに夕食の買い出しにと麓へ下りて行ってしまった。ひょっとしたら俺が到着するのを待っていてくれたかも知れない。それで昼からは米田と二人でスキーをした。

 リフトに乗っているとき、ふと米田が口を開いた。
「なあ健一、」
「ん」
「西岡さんはいつもあんな感じなのか」
 米田が西岡を妙に意識していることは感じていたが、「あんな感じ」が何を指して云っているのかいまいちよく判らなかった。
「あんな感じとは? 特に普段と変わらないと思うが」
「炊事、洗濯、掃除まで、全部一人でこなしているじゃないか。今日だって、君が来るまで僕の相手をしてくれていて、君が来たからすぐに買い物に出たんだぜ」
「そのことか」
 米田はリフトの上で身を乗り出して、俺の方を向いて喋った。
「あれだけのことを一人でやるのは、ものすごい重労働だと思うぜ。それに加えてあの気の利く性格だ。よほど苦労があるに違いない」
 米田の口調はだんだんと熱を帯びてきてしまった。少々面倒だ。普段は家事全般の半分以上を俺が分担しているのだということを説明してやりたかったが、せっかく西岡が俺の顔を立てるために来客中の家事を一人でやってくれているのを無碍にしたくはなかった。
「そうだな。本当に頭が下がるよ」
「あんまり世話かけるなよ……と僕が云う筋合いでもないかもしれないが。とにかく西岡さんの負担を減らしてやりたいと思うよ」
「そうか。そうだな」
 それで会話は途切れた。

 また別のリフトの時である。
「なあ健一、」
「ん」
「大学の方はどんな調子だ」
 これはあまり訊かれたくない内容であった。正直なところを云えば、ほとんどついていけていない。まるで落ちこぼれである。しかし、それが西岡による性的な拷問の数々に起因するのか、それとも自分自身の怠慢のせいなのか、判断は付かなかった。
「まあ、ぼちぼちやってるよ。米田の方はどうだ」
「僕は年明けから、目当ての教授のゼミに潜り込むつもりだ。本当はゼミ配属は三年の後期からなんだけどな。聴講は許されているらしい」
「そうか、充実しているな。経済学部だっけ」
「法学だ。刑法をやろうと思う」
 米田はリフトの上ってゆく山頂を見据えて云った。俺はその横顔を眺めているしかできなかった。
「健一は医学部だったな。何を専門にするつもりなんだ」
 そんなことを訊かれても困る。専門どころか、一般教養の途中でつまづいているようなものだ。
「専門はまだ決めていない。医師免許には外科専門とか、オートマ限定とか、ないからな」
 上手く云い逃れたつもりでいたが、米田の追及は止まらなかった。
「いい加減なことを云うな。聞けば大学をかなりサボっているそうじゃないか。西岡さんが心配してたぜ」
 俺は米田の方を見た。米田はまっすぐ俺の目を見つめていた。
「西岡がそう云ったのか、俺がサボっていると?」
「いや何、そうはっきり云っていたわけじゃない。お休みがちで心配です、と、そんな云い方だったか」
「そうか」
 この情報は俺にとって少なからず衝撃であった。俺が大学を休みがちであるという事実が、俺の知らぬ間に、西岡の口を介して広まっている。俺はそれきり黙り込んでしまった。俺が黙り込んでいるのを見て、米田もそれ以上何も云わなかった。そのうちにリフトが頂上に着いた。

 米田にとってスキーをするのは今日が初めてらしかったが、滑れば滑るほどにコツを掴んでいった。スピードはさほどではないが、回を重ねるごとに米田のフォルムは安定し、米田のスキーの描くシュプールは細く綺麗な、緩やかな半円形になっていった。日が傾く頃には、米田はゲレンデの横幅をいっぱいに使って、悠々と大回りした左右対称の綺麗な滑りを見せるようになった。

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Author:右斜め下
人が苦しむ物語が好きなんだけど、苦しんでいれば何でもいいってわけでもない。
自分でも「こういう話が好きです」と一言で言えないから、好きな話を自分で書いてしまおうと思った。
SとかMとかじゃないんだ。でもどっちかっていうとM。

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