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親父の家政婦だった女 第二十三話

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 同じ晩、俺は布団の中で先程の会話を反芻していた。どうやら、俺が訊いた「いつまでこんなことを続けるつもりか」という問いは、要するに「いつになったら前みたいにいたずらを仕掛けてきてくれるのか」ということを訊きたかったようだ、ということに気がついた。それを自覚せずに口に出してしまったのだから、「こんなこと」の内容を聞き返された時にしどろもどろになってしまったのは当然だった。
 西岡は貞操具について、「何か問題でもありましたか」と云った。その言葉の裏には、自慰ができないことは問題ではないでしょうというメッセージが明らかに込められていた。少なくとも彼女はそう思い込んでいるのだし、そこを「いや自慰ができないことは俺にとって大問題なんだよ」と力説するのも間抜けのような気がした。だいたい恥ずかしくてそんなこと力説できたものではない。

 などということを考えているうちに、俺は布団の中で妙案を得た。要は、俺が恥ずかしくない形で、マスターベーションと関係なく、貞操具の問題点を指摘できればよいのだ。さっそく明日、西岡に問題点を訴えてやろう。俺は意気揚々と眠りに沈んでいった。

 

 次の朝も、勃起の痛みで目が覚めた。俺は起きるなり、西岡を呼んだ。洗濯物を干しているところだった。
「西岡、昨日の話なんだが」
「おはようございます、健一様」
「うん、おはよう。昨晩、『貞操具に問題があったらいつでも云え』と云ったな」
「はい、何か問題がありましたか?」
 西岡は洗濯物を籠に戻して姿勢を正す。
「ああ。根本的な問題が」
 この問題について、昨晩から理論の道筋を用意しておいた。それを正しくなぞれば、いくら西岡といえども反論はできまい。
「男の生殖機能の話なのだが。精巣は一日に約一億の精子を生成する。それに対して、一度の射精で放出される精子の数は約三億。単純に考えて、三日に一度射精しなければ精子の量は増えてゆくばかりだ」
 俺はなるべく性的なイメージを喚起しない学術的っぽい用語を用いるようにして、生殖機能の説明をする。西岡は真面目な顔で頷きながら聞いている。
「存じ上げております。また、精子が溜まりすぎると精液の中の精子の割合が高まり、一度の射精で放出される精子の量が増えることも報告されております」
 西岡も眉一動かさずに応酬する。そこまでは予想の範囲内だ。
「そうだな。だから、三日に一回の射精が四日に一回になろうが、二日に一回になろうが、精子の濃度で調整されるから、大した問題ではない。しかしだ」
「はい」
「それが、一週間以上も全く射精せずに精子を溜め続けるとなると、また事情が変わってくる」
「それは」
 西岡が口を挟もうとするが、そうはさせない。
「うん、それは、精子の濃度で調整されうるものではない。一度も射精がないからね」
「つまり、」
「ああ、定期的な貞操具の解除をしてもらいたい。西岡がどういうつもりでこれを俺に着けさせているのかいまいち真意がつかめないが、ともかく、着けさせたいのなら、三日に一度はこれを外す日を設けてもらいたいんだ」
 西岡は少し首をかしげた。どんな反論が出るか、と俺は身構えた。彼女は俺の云った内容を反芻するかのように、視線を宙に泳がせて、首を少しかしげた状態で何度か軽く頷いて見せた。その仕草が可愛らしくて微笑ましくはあったが、俺の言葉に納得しているのか納得していないのか、そればかり気になって微笑むどころではない。

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右斜め下

Author:右斜め下
人が苦しむ物語が好きなんだけど、苦しんでいれば何でもいいってわけでもない。
自分でも「こういう話が好きです」と一言で言えないから、好きな話を自分で書いてしまおうと思った。
SとかMとかじゃないんだ。でもどっちかっていうとM。

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