田口先生の言葉に殆どの参加者が手を上げる。俺も慌てて手を上げた。関心がないわけじゃないぞ。あんまり気にしてなかったけど。
「ああ、ほとんどの方が関心があると。けっこうです。では、もうひとつ質問をさせていただきましょう。これは手を上げていただかなくて結構ですから、胸の内だけでそっとお答えください。皆さん、毎週ゴミ出しをされますね。その時に、ゴミの行く末――燃えるゴミはどこの焼却場で燃やされて、どこに埋め立てられるのか、新聞紙やペットボトルはどこでどうやって何に生まれ変わるのか、などなど――を完璧に把握されていますか。もしくは、ゴミの分別を、市町村の指定する通りに寸分の狂いもなく、一つの不純物もなく成し遂げていると胸を張って云えますか」
うぐ。それは……無理だなあ。
「今の二つの質問は、皆さんがどれだけ世界をよくする力を持っているか、もしくは、悪くする力を持っているか、ということを問うています。私たちの行動は、ゴミ出し一つとってもそうですが、どこかで必ずつながっています。私たちが何気なく取った行動が、知らないところで、非常に遠くの場所に影響を及ぼしているのです」
そう云われてみればそうだな。
「今、原発問題に関心があるとお答えになった方で、何気なく分別しないでゴミ出しをしている方は、自分の行動を一度振り返ってみるとよいですね。環境問題のお話をする場ではありませんから詳しいことは省略しますが、分別されていないゴミを再分別するのにどのぐらい電力が消費されるかご存知ですか。極端な話をすると、あなたが今朝出したゴミの中に混じっていた不純物、正しく分別されていないゴミが、日本の原発依存を引き起こしているのかもしれません」
えっ、ずいぶん話が飛ぶなあ。
「ずいぶん話が跳躍したと思われるかもしれません」
げっ。
「確かに、一日のゴミ出しが電力消費に影響する量はたかが知れているかもしれません。ですがゼロではないでしょう。ゼロではないということは、積み重なれば、――というのは、私たち一人一人の分が横に、そして毎日の分が縦に、積み重なれば――とてつもない量になってもおかしくないということです」
なるほどなあ、まあ、確かに、云うことはわかるけど、しかしわかっていてもできることとできないこととがあるだろう。
「そんなことはわかっている、と思われる方も中にはいらっしゃるかもしれません。もちろんそうでしょう。こんなことは少し考えれば誰にでもわかることです。ですが、『頭では分かっているけれども実際の行動には移せない』という状態が、最も危ういのです。今の若い人に『スーダラ節』って云って分かるでしょうか、『わかっちゃいるけどやめられない』といって、お酒とか、競馬とか、やめられない昭和の男の歌がありますね」
「今ここで、人間の将来を脅かしているものを順に挙げてみましょうか。『酒』『たばこ』『ギャンブル』『万引き』『売買春』『家庭内暴力』『児童虐待』『汚職』『戦争』『原発』『核兵器』。ここに挙げたものは、もちろん程度の差こそありますが、いずれも人間の『わかっちゃいるけどやめられない』の積み重ねで起こるものなのです」
ううむむむ。そうやってスケールの小さいものから大きいものまで順番に並べられると、だんだんそんな気がしてきたぞ。
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