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親父の家政婦だった女 第三十一話

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 この勝負を受けるも受けないも、俺に選択権は無さそうだった。それに、勝っても負けても、何某かの「気持ちいい方法」で何かしてもらえるのだから、勝負を受けて悪いことは何一つないはずである。
「では、この時計の」
 西岡は枕元の小さな目覚まし時計を取る。この部屋にはそれ以外に時計がなかった。十一時半過ぎを指している。
「十一時三十五分から開始ということにしましょう」
「わかった」

 三十五分になった。開始の合図があって、俺は初めて西岡の提案したゲームのルールを理解した。「手を使わずに鍵を取る」とは、要するに、口だけで鎖の金具を外さなければならないということであった。そして、両手を後ろに拘束されている俺は、芋虫のように西岡の足下に這い蹲って、西岡の右足の鎖に食らいつかなければならないのだった。

 西岡は立って右足を俺の方に差し出し、芋虫のような俺を見下ろしてにやにや笑っているに違いなかった。俺は鎖の金具を外すことに集中しようとしたが、時折姿勢を崩して西岡の足の甲にキスしてしまうことがあり、その時にはひんやりと湿った西岡の肌を唇に感ぜずにはいられなかった。俺はこの姿勢に、この構図に、今まで感じたことのない屈辱と、それから、今まで感じたことのない、何と云えばよいか、名状し難い複雑な感情を抱いていた。

 時計は西岡が持っている。従って、今何分経って、後何分残っているのか、知るすべはなかった。とにかく、舌と歯というものは不器用なもので、手を使わずに鎖の金具を外すことはほぼ不可能だということはわかった。舌は触覚器官としては優秀だが、力を加えるのには向いていない。歯は力だけは強いが、今自分の歯が果たして何に力を加えているのかわからない。それで、一通りの試みをしてから先は殆どゲームに勝てる見込みがないことを悟って諦めていた。形だけはまだ諦めずに挑戦している態度を保っていたが、後は五分が経って頭上から負けを宣告されるのを待つのみだった。

 それにしても五分は長い。もう倍の十分は経過してしまったのではないかと思われたので、訊いてみることにした。
「西岡」
「何でしょう」
「今、何分経過だ」
「八分経過でございます」
「おい」
「何でしょう」
「終わっているじゃないか」
「はい。足下に這い蹲って諦めずに努力される健一様があまりにも可愛らしく、止めるのがためらわれました」
 油断した。五分経ったら「終わり!」などと宣告してくれるものとばかり思い込んでいた。俺は床にがっくりと頭を落とした。べたりとうつ伏せに脱力して床に寝そべった。とにかく西岡が油断のならない女だということは再認識しておこう。万が一俺が鎖の金具を外せたとしても、「所要時間八分でございます」などと云って平気で負け判定を下すつもりだったに違いない。
「とにかく、健一様の負けですので、普通でない方法でイジメて差し上げます」
 ちょっと待て、さっきは「普通でなく気持ちいい方法」ではなかったか。

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右斜め下

Author:右斜め下
人が苦しむ物語が好きなんだけど、苦しんでいれば何でもいいってわけでもない。
自分でも「こういう話が好きです」と一言で言えないから、好きな話を自分で書いてしまおうと思った。
SとかMとかじゃないんだ。でもどっちかっていうとM。

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