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[T7] まとめtyaiました【聖トリニティ退魔士会 第十八話】

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聖トリニティ退魔士会 第十八話

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 ビデオが始まった。山下さんは俺の斜め前に腰掛けて、俺の方をニコニコしながら見ている。いかんいかん、ビデオに集中しなくっちゃな。
 ビデオはアダムとイヴの楽園の話、悪魔が蛇の姿をとってイヴを誘惑した話、我々人間が代々悪魔の誘惑に惑わされる原罪を引きずって生きている話などと続いた。この辺はキリスト教徒でなくとも知っている話だ。
 そこからイエス・キリストの話に続くのかと思いきや、映像は現代に切り替わった。
『それでは、悪魔の誘惑に負けた人間によって、現代の私たちの世界に引き起こされている悲劇の一端を垣間見てみましょう』
 感情の乏しいナレーションに導かれて、映像はどこか遠くの国の紛争の様子を映し出す。3D映像、3D音響のリアリティの中、硝煙が舞い、銃弾が飛び交い、民家が炎上し、赤ちゃんが泣き叫ぶ。耳からは悲惨さを演出する重低音の不協和音が響き、目からは紛争に巻き込まれて死んだ子ども、地雷で無くなった片足、血、肉片、砂埃、血、血、血。
 かと思うと映像が突然切り替わってどこかの証券取引所でコンピュータに向かって一生懸命数字を打ち込む投資家たちの欲望、政治家の記者会見に瞬くフラッシュ、混迷の議会と居眠りする代議士、軍事国家のパレード、それを見下ろしておごそかな顔で拍手する元首、太平洋上の核実験、死の灰を浴びて焼けただれた皮膚、血、血、血。
 目まぐるしく入れ替わる映像に吐き気が抑えきれなくなる。

 気がつくとヘッドセットを外し、スクリーンから目を背けていた。ヘッドフォンを外してもまだ部屋中に悲劇の重低音が響いている。山下さんが慌ててリモコンで映像の再生を止め、俺に駆け寄ってくる。それでようやく悲劇から解放された。
「大丈夫ですか? 気持ち悪くなってしまわれました?」
 山下さんに覗きこまれて、俺は自分が泣いていることに気がついた。山下さんが再生を停止してくれなかったら、俺はどうなっていたことか。俺には彼女が女神のように見えた。
「いや、だいじょぶ、…………だいじょぶ、じゃ、ないです、ちょっと……ごめんなさい、気分が……」
 山下さんが無言でレモネードのグラスを差し出してくれた。俺は受け取って三口ほど飲んだ。少し気分が落ち着いたような気がする。
「どうしますか? 続き、今、見られます? あとにしましょうか?」
「いや、大丈夫です。今、見ます。目を背けちゃいけないことだと思うんで…」
 山下さんが慈悲深く微笑んでくれた。その微笑みだけで俺は続きを見る勇気がわいてくるような気がした。

 続きも相変わらず酷い映像だった。戦争だったり貧民街だったり暴動だったり人種差別だったり自然破壊だったり、一通り、現代社会の暗部を見せられた後、映像は一転して羊皮紙ふうの古びた絵になり、舞台はイエスの生きた時代へと逆戻りした。
『イエス様は聖霊に導かれて、荒野で四十日間、何も食べずに過ごされました。その時、悪魔がやってきて、イエス様を誘惑しました。『もしあなたが神の子ならば、ここにある石をパンに変えてお食べなさい』。しかしイエス様は誘惑をはねのけて……』
 ああ、落ち着く。イエス・キリストの話を聞くのがこんなに心安らぐものとは思わなかった。今までの映像がひどすぎたという気もするが……しかし何だろう、この湧き上がる多幸感は。
 映像はさらに続いて、イエス・キリストが聖霊と神と一体であること、原罪を一手に引き受けて犠牲になったこと、それでもなお悪魔の誘惑は絶えず人間の歴史が私利私欲と殺戮の歴史だったことなどが映像で示された。続いて、誘惑に弱い人間だからこそ、手を取り合って誘惑と戦い、悪魔を寄せ付けない組織の必要性が説かれた。そうして、イエス・キリストの愛=神の愛の真の意味を最もよく解釈した『聖トリニティ退魔士会』創始者にして大司教の天草徳峰先生の紹介があった。俺は心安らかにそれらの映像を見た。べつに天草徳峰とか、そういうちょっと胡散臭い創始者の顔を見て安心したというわけではないと思いたい。おおかた、もうあの悲惨な映像を見なくて済むという安心感だろう。まあいい、俺はここで牧師という職を得た。殺戮と欲望の渦巻くあの俗世に戻らなくてもいいのだ、そう考えると穏やかな気持ちになった。

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Author:右斜め下
人が苦しむ物語が好きなんだけど、苦しんでいれば何でもいいってわけでもない。
自分でも「こういう話が好きです」と一言で言えないから、好きな話を自分で書いてしまおうと思った。
SとかMとかじゃないんだ。でもどっちかっていうとM。

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