「今日、ここに、一人の若者が、牧師候補としての生活を終え、岐路に立ちました。道は二つに分かれています。一方の道には、私たちがほんの少し先を歩いています。もう一方の道には、何があるのか、私には断言することができません。私たちにできるのは、彼がどちらの道を選ぶのか、見届けることだけです。もっとも、彼が私たちと同じ道を選んだならば、少し先を歩く者として、道を照らすことはできるでしょうけれども」
ちょっと待て。何だこれは。俺はてっきり、武田先生と一対一でこういった話をするものとばかり思っていた。何だ、このギャラリーは。こんな白服や黒服のお偉いさんに見守られて、『いや東京に帰ります』などと云えるわけがない! 俺の動揺をよそに、武田先生は言葉を続ける。
「牧師候補の中村大樹さん」
「はっ、はい」
「私はあなたに尋ねます。今日から、この合宿所で、牧師として、私たちと一緒に生きてくださいますか。それとも、今日まででこの合宿所を離れることをお選びになりますか」
「えっ、えーっと」
武田先生の目が真っすぐ俺を捉えている。他にも、三十人もの偉い人たちが、俺の答えを固唾を飲んで見守っている。
「えー、あー、えーっと」
ごまかしようがない。この場に居合わせる全ての人が、俺の返答を待っているのだ。俺に与えられたのは二択、それも、非常に偏った二択だ。
「はい。僕は、この合宿所で皆さんと一緒に生きることを選びます」
ああ、云ってしまった。しかしこの状況でこう云わない選択肢があっただろうか。それに、俺はほとんど、それもいいかなと思ってこのチャペルまで歩いてきたはずだ。
「中村さんならばそう云ってくださると信じていました。では、中村さん、十字架に向かって跪き、神の御前で牧師の誓いを立ててください」
武田先生は俺に小さな紙片を手渡した。そこには誓いの言葉が書かれていた。こうなったらもう後には退けない。俺はえいやと思い切って誓いを読み上げた。
「『主イエス・キリストの御名のもとに。私は、聖トリニティ退魔士会の牧師として、聖書を道とし、天草徳峰先生を羅針盤として、神の御心に従い、神の愛を世界に広めるため、悪魔の誘惑を寄せ付けず、常に清らかな心を保つことを、誓います』」
チャペルに拍手が沸き起こった。その場にいる全ての参列者が、俺の牧師就任を祝福してくれているようだった。ああ、しかしこれでもう本当に、後戻りができない。
その日は少し早めの昼食でこの合宿所へ一緒に来た『もみの木の会』の見学者メンバーとともに会食をした。見学者九人のうち、俺を含めて三人が牧師の白服を着ており、残りの六人が俗世の普段着を着ていた。俺の他にも牧師にスカウトされた人がいたことも驚きだったが、それ以上に、普段着を着ている見学者の人が異質なものに見えた自分自身に驚いていた。
見学者の六人は松枝さんに連れられマイクロバスで新千歳空港へと出発していった。あれに乗らなかった俺は、これからここで牧師として生活していくのだ。そう思うと、諦めのような、歓びのような、不思議な気持ちが湧いた。
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