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親父の家政婦だった女 第十六話

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 次の朝も、西岡は何事も無かったように家事にいそしんでいた。こうして見ていると、ただの有能な家政婦であって、毎晩のような苛烈な性的拷問が嘘のような気がする。しかし、この平和な日常の上にも性的拷問の影は落ちてくる。

 朝食の食卓には、いつものようにきれいに食器が並べられ、みそ汁のいい香りが漂っていた。それに混じって、かすかにビール酵母のような香り。食卓のわきには、可愛らしい字で「食後☆十錠」とメモを添えて薬包紙にきれいに載せられた錠剤が鎮座している。その隣には、携帯ピルケースに同じく可愛らしい文字で「おひるごはん用♪食後十錠」と書いてある。
「おい、西岡」
「いかがなさいました」
「何だ、これは」
「納豆でございます。半熟卵と一緒にご飯にかけてお召し上がりください」
「ほう、今朝は純日本風だね。って違うわ!」
「納豆はお嫌いでしたか? 申し訳ありません、子どもの頃は大好物だった、と伺ったのですが」
「いや納豆は今でも好きだけれども。そうじゃなくて」
 大真面目でボケるのは、天然なのか、わざと話題を逸らしているのか。
「なぜ食卓にまでその薬を置くのか。そのパッケージはいったい何だ」
「健一様に飲んでいただくためにお出ししております。こちらは大学でおひるごはんを摂られたときにお飲みください」
「断固拒否する」
 片や勃起を抑制して、片や精力を増大させる薬を飲むのでは、いったい何がしたいのか分からなくなってしまう。ここですべてを西岡の云うとおりにしたら、自分の中で何かがおかしくなってしまう気がした。

 同時に、しかし、西岡に対して断固とした態度をとることに底知れない恐怖が伴うのもまた否めない事実であった。西岡の方針を断固として拒否した結果、変に云いくるめられて説得され、後から考えれば初めから西岡の云うとおりにしておればよかったと悔やむことがこの数日で何度あったことか。そもそも西岡は俺の見えていない先のことまで考えていて、それで俺に理解しえない深謀遠慮で方針を定めているのではないか、西岡の云うとおりにしておけば間違うことはないのではないか、という考えまで芽生え始めていた。

 幸い、断固拒否したことに対するお咎めは無しであった。俺は納豆と半熟卵とカキフライと味海苔を完食し、ビール酵母の錠剤の乗った薬包紙や「おひるごはん用♪」の錠剤ケースをそのまま放置して大学へ出た。

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右斜め下

Author:右斜め下
人が苦しむ物語が好きなんだけど、苦しんでいれば何でもいいってわけでもない。
自分でも「こういう話が好きです」と一言で言えないから、好きな話を自分で書いてしまおうと思った。
SとかMとかじゃないんだ。でもどっちかっていうとM。

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