朝食を終え、
「で、西岡、これの話だが」
股間を指さして云う。
「はい」
「やっぱり困るから外してほしい。一番がトイレの時だ」
「トイレは困りませんわ。排尿のための穴は空いていますし、後ろには何も付いていません」
「前に常時装着は不潔だ」
「健一様のような包茎ならば、ついていてもなくても変わりません」
「寝る時に邪魔だ」
「大きくなさらなければ問題ありません」
「自転車に乗れない」
「乗る位置によりますし、お車ぐらい手配いたしますわ」
「俺だって女と付き合うことぐらいある」
「まさか女性と婚前交渉をなさるおつもりですか」
「っ……、あとは、あとは……えーと」
悉く論破されてしまった。微妙に論破され切っていない部分はあるが(例えば婚前交渉がダメとかいつの時代だよ)、間髪入れずに返される流暢で折り目正しげな敬語に圧倒されて、気圧で負けてしまった。
「そ、そうだ! なぜこんなものをつける必要がある?」
「健一様のためになると思いまして」
「どんな『ため』だよ」
「……」
西岡は一瞬沈黙した。答えに詰まって云い淀んだかと思って追い討ちをかけようとしたところで、彼女が答えに詰まったのではなく、云うのをためらっているのに気が付いた。
「それは……云ってもよろしいのですか」
はじめは何のことかわからなかったが、
「私が買い物に出ているちょっとの間に、ゴミ箱に一つだけ増えているティッシュ、――」
この話題は俺にとって良くないとすぐに直感した。
「洗濯物の下着にわずかに付着した何かの――」
「わーわーわー、わかった、ストップ」
「お分かりいただけましたか」
何がお分かりいただけたのか、俺にはいまいちよくわからなかったが、とにかく首をぶんぶん縦に振っておいた。この女、俺の自慰の痕跡をそこまで入念にチェックしていたというのか。恐るべし。このようにして、西岡を雇うようになった時と同じくやはり半ば強引に、俺はこの"貞操具"という奇妙な下着を装着して生活するはめになった。
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